東京地方裁判所 平成3年(行ウ)172号 判決 1992年2月27日
千葉県佐倉市新町五〇番地一
原告
小澤功子
東京都千代田区霞が関三丁目一番一号
被告
国税不服審判所長 杉山伸顕
右指定代理人
佐藤鉄雄
同
仲田光雄
同
河村秀尾
同
上田幸穂
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 原告の昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税に係る還付金について成田税務署長がした充当につき被告がこれに対してされた審査請求を平成三年五月一七日付けで棄却した裁決を取り消す。
2 原告の平成元年分の所得税に係る還付金について成田税務署長がした充当につき被告がこれに対してされた審査請求を平成三年五月一七日付けで棄却した裁決を取り消す。
3 原告の昭和六三年分の所得税について成田税務署長がした督促につき被告がこれに対してされた審査請求を平成三年五月一七日付けで棄却した裁決を取り消す。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1(一) 成田税務署長は、原告の昭和六一年分及び昭和六二年分各所得税並びに被相続人小澤喜一郎(以下「喜一郎」という。)に係る相続税に、それぞれ未納税額があるとして、平成元年九月一三日付けで、原告の昭和六一年分及び昭和六二年分の各所得税に係る還付金を還付に代えて右各未納国税に充当した(以下「六一年分及び六二年分に係る充当」という。)。
(二) 原告は、六一年分及び六二年分に係る充当に対し、平成元年一〇月二四日同税務署長に異議申立てをしたが、同日の翌日から起算して三月を経過してもこれについての決定がないため、平成二年一月二四日被告に審査請求(以下「六一年分及び六二年分充当に係る審査請求」という。)をしたところ、被告は、平成三年五月一七日付けでこれをいずれも棄却する旨の裁決(以下「六一年分及び六二年分充当に係る裁決」という。)をした。
2(一) 成田税務署長は、原告の昭和六三年分所得税に係る未納税額があるとして、平成二年五月三一日付けで、原告の平成元年分所得税に係る還付金を還付に代えてこれに充当した(以下「元年分に係る充当」という。)。
(二) 原告は、元年分に係る充当に対し、平成二年六月四日同税務署長に異議申立てをしたところ、同税務署長は、同月二六日付けでこれを棄却する旨の決定をした。原告は、更に同年七月一六日被告に審査請求(以下「元年分充当に係る審査請求」といい、六一年分及び六二年分充当に係る審査請求と併せて「本件充当に係る各審査請求」という。)をしたところ、被告は、平成三年五月一七日付けでこれを棄却する旨の裁決(以下「元年分充当に係る裁決」といい、六一年分及び六二年分充当に係る裁決と併せて「本件充当に係る各裁決」という。)をした。
3(一) 成田税務署長は、原告の昭和六三年分所得税に係る未納税額があるとして、平成二年二月二六日付けで、原告に対しその納付を督促した(以下「本件督促」という。)。
(二) 原告は、本件督促に対し、同月二七日同税務署長に異議申立てをしたところ、同税務署長は、同年四月一九日付けでこれを棄却する旨の決定をした。原告は、更に同月二四日被告に審査請求(以下「本件督促に係る審査請求」という。)をしたところ、被告は、平成三年五月一七日付けでこれを棄却する旨の裁決(以下「本件督促に係る裁決」という。)をした。
4(一) 右の1の(一)の原告の昭和六一年分及び昭和六二年分各所得税の未納税額は成田税務署長が右各所得税につき平成元年七月四日付けで更正をしたことにより、被相続人喜一郎に係る相続税の未納税額は同税務署長が右相続税につき同月七日付けで更正をしたことにより、右2及び3の各(一)の原告の昭和六三年分所得税の未納税額は成田税務署長が右所得税につき平成元年一二月二六日付けで更正をしたことにより、それぞれ発生したものである。
(二) しかるところ、右各更正はいずれも違法であるから、これを前提とする六一年分及び六二年分充当に係る裁決、元年分充当に係る裁決並びに本件督促に係る裁決も、いずれも違法である。
よって、原告は、六一年分及び六二年分充当に係る裁決、元年分充当に係る裁決並びに本件督促に係る裁決の各取消しを求める。
二 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1ないし3及び同4の(一)の各事実は認める。同4の(二)の主張は争う。
2 被告の主張
裁決の取消しを求める訴えにおいては、その裁決固有の違法事由を主張しなければならないところ(行政事件訴訟法一〇条二項)、本件においては、そのような違法事由の主張がないので、原告の本訴請求は失当である。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1ないし3及び同4の(一)の各事実は当事者間に争いがない。
二 本件充当に係る各裁決の取消しを求める訴えの適否について
1 本件充当に係る各審査請求は、いずれも、国税通則法七五条三項に基づき、昭和六一年分及び昭和六二年分に係る充当並びに昭和六三年分充当が同条一項一号の税務署長がした国税に関する法律に基づく処分であるとしてされたものと解される。
そこで、まず右各充当が右の国税に関する法律に基づく処分に当たるかどうかにつき検討する。
(一) 同項にいう「国税に関する法律に基づく処分」とは、同法が行政不服審査法の特別法としての性格を有する(国税通則法八〇条一項)こと等にかんがみると、国と納税者との間の権利義務につき一般的な規定をする法律に基づき、行政庁が公権力の行使としてする行為のうち、法律上納税者の権利義務に直接影響を及ぼすものをいうものと解される。
(二) 同法によれば、国税局長、税務署長又は税関長(以下「国税局長等」という。)は、還付金等がある場合において、その還付を受けるべき者につき納付すべきこととなっている国税があるときは、還付に代えて、還付金等をその国税に充当しなければならないものとされており(同法五七条一項本文)、右の充当があった場合には、同法施行令二三条一項所定の充当をするのに適することとなった時に、その充当をした還付金等に相当する額の国税の納付があったものとみなされ(同法五七条二項)、また、国税局長等は、同条一項による充当をしたときは、その旨をその充当に係る国税を納付すべき者に通知しなければならないものとされている(同条三項)。
これらの規定にかんがみると、同条一項による充当は、納付及び還付の各手続を簡略化するための技術的、政策的考慮に基づき、国税に関する相殺を一般的に禁止した同法一二二条の実質的な例外として特に国税局長等の行政庁にこれをすることを認めたものであって、その性質は対等当事者間で行われる民事法上の相殺と異なるところはなく、これによる還付金請求権及び未納国税債権の消滅の効果も同法五七条一項の要件を具備することによって当然に生ずるものであり、特に行政庁による認定判断が介在するものではないから、
右の消滅の効果について公定力が付与されるような性質のものではないと解するのを相当とするそうすると、右の充当は、行政庁が公権力の行使としてする行為に当たるとすることはできない。
そうすると、前記各充当の取消しを求める本件充当に係る各審査請求は、いずれも、同法に基づく不服申立てをすることができないものをその対象とするものであって、不適法である。
2 そうであれば、仮にそのような審査請求を棄却した裁決を、それ自体に瑕疵があるとして、判決によって取り消し、再度審査請求について審理をさせたとしても、その結果は裁決で審査請求が却下されること以外にはあり得ないから、右のような審査請求を棄却した裁決の取消しを求める訴えは、結局その利益を欠くものというべきである。
したがって、本件充当に係る各裁決の取消しを求める訴えはいずれも不適法である。
三 本件督促に係る裁決の取消しを求める訴えの適否について
1 本件督促に係る審査請求は、国税通則法七五条三項に基づき、本件督促が同条一項一号の税務署長がした国税に関する法律に基づく処分であるとしてされたものと解される。
そこで、まず本件督促が右の国税に関する法律に基づく処分に当たるかどうかにつき検討する。
同法によれば、納税者がその国税を同法三五条又は同法三六条二項所定の納期限までに完納しない場合には、税務署長は、その納税者に対し、督促状によりその納付を督促しなければならないものとされており(同法三七条一項柱書)、右の督促については、その督促状は、国税に関する法律に別段の定めがあるものを除き、その国税の納期限から五〇日以内に発すること(同条二項)、その国税についての延滞税又は利子税があるときは、その延滞税又は利子税につき、あわせて督促しなければならないこと(同条三項)、右各規定による督促に係る国税の徴収を目的とする国の権利の事項は、督促の効力が生じたときに中断し、督促状を発した日から起算して一〇日を経過した日までの期間が経過した時から更に進行すること(同法七三条一項四号)及び右の国税が、その督促状を発した日から起算して一〇日を経過した日までに完納されない場合には、税務署長は、国税徴収法その他の法律の規定により滞納処分を行うこと(国税通則法四〇条)がそれぞれ規定されている。そして、国税徴収法四七条一項一号、二項によれば、税務署長等の徴収職員は、滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から一〇日を経過した日までに完納しないとき、国税の納期限後右の一〇日を経過した日までに督促を受けた滞納者につき国税通則法三八条一項各号の一に該当する事実が生じたとき等においては、滞納者の国税につきその財産を差し押さえなければならないものとされている。
これらの規定によると、同法三七条一項による督促は、税務署長が国税の納付を催告する行為であって、延滞税又は利子税についても併せてされるものとされ、滞納処分の前提となるとともに、国税の徴収権の消滅事項の中断事由となるものである。しかしながら、延滞税及び利子税は、同法六〇条一項、二項、六四条その他の国税に関する法律の定める要件が充足されることによって、本税に附帯して発生する国税であって、督促の有無によって発生したり、しなかったりするものではない。また、同法四〇条及び国税徴収法四七条一項一号、二項は、滞納処分をすべきときを、督促状を発した日を基準として定め、督促が督促状の到達によってその効力を生じたかどうかにかからせていない。更に、督促は国税の徴収権の時効の中断事由であるが、それ自体が国税の徴収権を発生させ、又は消滅させるというものではない。これらのことにかんがみると、右の督促は、納税者の権利義務に直接具体的な影響を及ぼすものではないというべく、国税通則法七五条一項にいう「国税に関する法律に基づく処分」に当たらないと解するのが相当である。
そうすると、本件督促の取消しを求める本件督促に係る審査請求は、同法に基づく不服申立てをすることができないものをその対象とするものであって、不適法である。
2 そうであれば、右二2に判示するところと同様に、右審査請求について再度審理させても、その結果は却下されること以外にはあり得ないから、本件督促に係る裁決の取消しを求める訴えは、その利益を欠き、不適法である。
四 以上によれば、本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する(なお、本件は、千葉地方裁判所平成三年(行ウ)第一七号事件が当庁に移送されたものであるところ、原告は、右事件は他の裁判部に係属するものであって本件とは異なるとの趣旨の主張をする。しかし、本件記録上右事件と本件とが同一であることは明らかである。)。
(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 石原直樹 裁判官 長屋文裕)